★ 残夏の夜 ★
クリエイター依戒 アキラ(wmcm6125)
管理番号198-4296 オファー日2008-08-29(金) 01:25
オファーPC 清本 橋三(cspb8275) ムービースター 男 40歳 用心棒
ゲストPC1 山口 美智(csmp2904) エキストラ 男 57歳 屋台の親父
ゲストPC2 刀冴(cscd9567) ムービースター 男 35歳 将軍、剣士
<ノベル>

 それはどこで開催したどんな祭りだっただろうか。
 毎週のように騒がしいどこかの祭りでの出来事。
 そこに集ったのは、揃って互いに名も知らぬ人々。
 そこに居た者たちには、共に騒ぐ事に面識など関係なかった。この街で、この楽しいひとときを共有しているだけで、それだけで十分だったのだ。
 まるで十年来の親友であるかのように、ふざけあい、笑いあう。

 ――暑い暑い、そんな夏の夜。

 収まった喧騒に、じりじりと音を鳴らす提灯が世界に橙を灯す夜。
 浮かれ騒いだ祭りの終わり。その余韻を含んだ騒がしくも穏やかな空気。
 遊びつかれて父親の背中で眠る子供。楽しかったと帰宅の途につく沢山の人々。久々に会った友人と話し込む人々。一様に、幸せそうに。
 既に閉めた屋台も後片付けをはじめ、徐々に、徐々に。人が減ってゆく。
 活気を失い、離れた場所にある提灯から順々に、その橙の灯りが消えてゆく。提灯を取り巻いていた羽虫も、別の灯りを求めて離れる羽虫と留まる羽虫が半々に分かれて、パタパタとその羽を動かしている。
 ――ジジ。
 唐突に、橙の灯りを失った何処かで光りが灯った。
 それは花火だった。
 誰かが置き忘れたおもちゃ花火のセット。それを別の誰かが祭りで高揚した気分のままに、一つ失敬と火を点けたのだ。
 パチパチとささやかな火花を飛び散らせる手持ちの花火は、けれども人目を引くには十分すぎる光りだった。
 騒ぎ足りない者たちが、恐らくは多かったのだろう。その一本が消える前に、既に置き去られた花火を手に持つ者が数名いた。
 一人、そしてまた一人と光りに誘われてその中に加わる。
 山口 美智(ヤマグチ ミチ)も、そんな一人だった。

 マッチョで陽気な屋台のオヤジ。いつものラーメンおでんの屋台とは違う、お祭り仕様のチョコバナナ屋台を引いて、美智は静かになった祭りの場を離れようとしていた。
「ふんふふ〜ん。ふふ〜ん」
 屋台の売り上げは上々だった。
 けれども、美智の嬉しそうな鼻歌の原因はそのことではない。家に帰ってテレビドラマの再放送を見るのが楽しみだったのだ。
 ベタでレトロな恋愛ドラマ。名前を挙げれば、恐らく多くの人がその内容を思い出すような、有名なドラマ。
 困難に立ち向かうひたむきさと、ハッピーエンドの幸せさ。そして物語を彩るありったけの切なさが胸にくるそのドラマは、美智の好きなドラマの一つだった。
「ふふんふ〜ん……っと、もうこんな時間か。早くしねぇとな」
 ちらりと見た時計に、頭の中で家に着く時間を計算して呟く。ちなみに、先ほどからの美智の鼻歌は、そのドラマの主題歌である。
「……ん?」
 歩いている途中、暗闇に爆ぜた小さな火花に気がつき、美智は目を向けた。
 そこでは名も知らぬ誰かが花火を手に闇に光りを撒いていた。
「……へぇ」
 すぐに集まって花火を手にする数名を見て、美智は口を緩めて呟く。そして次の瞬間。屋台を引いて歩き出す。家路ではない、花火を楽しんでいる人達のほうへと。
 近くまで来て屋台を止めた美智は、さっと屋台に入り、その中でチョコバナナを作る。そして作ったいくつかのチョコバナナを手に持ち、花火の集団の中へと入っていく。
「おうおぅ、楽しそうじゃねえか。ほら、チョコバナナやるから俺っちも混ぜてくれや」
 みんなにチョコバナナを渡して回り、その後に花火を一本手に取る。火花を前方に飛ばすオーソドックスなタイプだ。
 地面に置かれた台座にセットされた蝋燭から火を花火に移す。一瞬の後、先端から火花が飛び出る。
「おぉう」
 一瞬たじろぐが、すぐににっと笑って花火の彩を見つめる。
「おじさん」
 横から掛けられた声に、美智は声のほうを見る。そこには片手に花火、片手に欠けたチョコバナナを持った見知らぬ青年が立っていた。そして青年は美智の前でチョコバナナを一口頬張って言う。
「最高!」
「ははは。嬉しいねえ。まだまだあるから、もっと食いたきゃ言ってくんなあ」
 嬉しそうに笑って、美智。
「お。あんがと、おじさん。っと、ほい」
 青年は美智の花火の火が消えているのを見て、新しいのを渡す。おう。さんきゅ。と美智が受け取る。
 小さな花火大会の参加者は既に十名程になっていて、様々な色の花火が辺り一帯の闇を彩る。
 赤、青、黄色、紫、青緑と。様々な光りが飛んでは消え、飛んでは消え。闇を走るその光は、まるで流星のようだ。
 そしてその流星群を、着流し姿の男は少し離れた場所で甘味を食べながら見ていた。

 祭りごとに甘味はつきもの。わた飴、りんご飴、カキ氷にチョコバナナ。凝っているところだとあんみつやジェラートまで。
 甘味には目がない清本 橋三(キヨモト ハシゾウ)は、この日もやはり祭り会場に足を運んでは様々な甘味を食していた。
 銀幕市に来て様々な初見の甘味を食してきた清本。とはいえ、まだまだ見たことも無い甘味が沢山有り、それを口にするのがまた、清本の楽しみでもあった。
 出店として並んでいる甘味やそれ以外を食べ、色々見て回り、やがては祭りが終わり、そろそろ帰ろうかとしているところに、清本は沢山の火花の流星を見た。
「花火か……」
 呟き、清本は近くのベンチに腰掛けた。そうしてしばらくそれを眺めていた。
 帰ってから食べようと思っていた大福のパックをあけ、一つ手に取る。程よく柔らかいその大福を口に運び、一口。途端に甘みが口内に広がる。
 小さく、口元を緩める清本。視線は花火を楽しむ集団を捉えたままだ。
 いいものだ。
 もう一口。清本は大福を口に入れる。
 味が? 確かにそうだが、そうじゃない。
 花火を楽しんでいる集団を見て、楽しそうだと次第に興奮してくる心が。
「どれ……。俺も楽しむとしようか」
 腰を上げ、ゆっくりと歩いていく清本。集団の輪に加わり、手近な誰かに話しかける。
「すまぬが、俺にも一本分けてもらえぬか」
「ん? はい。あそこにあるの好きに使っていいみたいだよ」
 その者は手に持っていた一本を清本に渡し、次いで指を刺しながら言った。
 渡された花火に火を点ける清本。針金の先、固まった部分がパチパチと火花を飛ばす。
 しばらくぼんやりと眺めていた清本。花火を持った手を、右へ左へと揺らしてみる。
 すると手の動きに合わせて火花の光りが右へ左へと移動する。火花の余韻が残像となってほんの一瞬、その場に滞在する。
 ピークを過ぎ、次第に弱まっていく清本の花火。やがて火が消え、清本はそれをバケツの水に入れると、次の花火を選ぶ。
 清本が手に取ったのは、乾電池の様な形に導火線と対の羽がついた花火だった。清本はその妙な形の花火を手にしたまま、小さく首を傾げる。
「お侍さん。ムービースターかい?」
 名も知らぬ若者が、清本に話し掛ける。いかにも。と清本は頷く。
「これはね、トンボ花火って言うんだぜ。こうやって……」
 若者は清本の手にしたのと同じ花火を手に取り、少し離れて地面に置く。そしてその導火線に線香で火をつけ、見てな。と清本に言う。
 短くなっていく導火線が、花火の中へと到達。ほんの一瞬の沈黙の後、花火は回転しながら空高く飛んでいく。
 ――シュルルル。
 唐突のことに目を見開く清本。その清本を、若者がしたり顔で覗き込む。
「……成る程。確かに蜻蛉だ」
「はははっ。驚いたろ? んじゃこれ、次はお侍さんがやってみな」
 楽しそうに笑って、若者は線香を清本に差し出す。清本は先ほど若者がやって見せたように花火を地面に置き、線香で導火線に火を点ける。
 ――シュルルル。
 先ほどと同じように空高く飛んでいく花火を見送り、清本は次の知らない花火へと手を伸ばした。

「なんだァ? ありゃ」
 空へと向かって飛んでいく何かの光を見つけ、刀冴(トウゴ)は立ち止まった。気の向くままにふらりと立ち寄った祭り会場が、少し前に終わったと知って少しガッカリしていたところだった。
 刀冴が光りを目で追うと、それは回転しながら火花を散らせて上空へと飛んでいく何かというのが分かった。
 しばらく目で追ってみると、やがて光りが消え、回転が止まって落ちていく。そして対した間を空けずに、同じものが再び飛んでいく。
 こりゃ面白そうだ。
 声には出さず、しかし顔には出し、刀冴は何かが打ちあがった方へと足をすすめた。
 少し歩いてみると、すぐに原因は分かった。電灯もない闇を、沢山の花火の光りが照らしていたからだ。
 見れば十数人の人達が集まって花火大会を開いている。
「よぉ。楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」
 すぐに、刀冴は近づいて話しかける。
「お。お侍さんの次は剣士さんか。いいね。花火はそこにあるから、自由に使っていいと思うぜ」
 刀冴の言葉に振り向いた数人の内、一番近くに居た人が言った。
「お侍?」
 耳に入った言葉を繰り返した刀冴。けれどすぐに気がつく。少し向こうに目立つ着流し姿で刀を引っさげた男がいたからだ。
「それじゃ、一つ貰うぜ」
 着流しの男から目を離し、刀冴は少し迷ってから手で持つタイプの花火を一つ拾い上げる。そして蝋燭の火を貰い、花火に火を点ける。
 ――シュウウウ。
 それは周りの花火より、一際綺麗に煌いていた。より大きく、火花が爆ぜ、散ってゆく。
「お? 何だおまえさんの花火、すげぇ綺麗だな。大当たり〜。ってか」
 チョコバナナどうよ? とチョコバナナを差し出しながら、捻り鉢巻に腹巻姿の男が刀冴の隣に来て言う。刀冴は差し出されたチョコバナナを受け取り、礼を言う。
「ありがとな。ああ、これか? これならほら。そっちも」
 ちょい。と花火を傾け、刀冴は男の手の花火を指す。
 すると、さっきまで普通だったはずの男の花火も、刀冴の持つ花火と同じように煌きを増していた。
 いや。その男だけではなかった。辺り全体の花火が、突然にさっきまでとは違う装いを見せ始めたのだ。
 それは刀冴が天人と呼ばれる存在だったからだった。天人の周囲には精霊の力が満ちており、火の精霊たち天人である刀冴の存在を喜び、盛んに舞い、花火を美しくしているのだ。
「おぉぉ……すげぇ」
「はははっ」
 感動したように呟く男の姿を、刀冴は楽しそうに笑って見ていた。

 小さな花火大会はなおも続く。
「よーっし。見てろよぉ」
 人々は次第に刺激に慣れ、次へ次へとやることが大胆になっていく。美智もその一人だった。
 美智は両手指の間に花火を挟み込み、右手に三本、左手に三本。更には足の指にも三本ずつ挟んで持ち、同時に火を点けて貰う。
「これが漢のぉ〜ファイヤーダンスぅ〜……っとな」
 歌いながらクルクルと踊りだす美智。その回転に合わせて色とりどりの火花が飛び、豪快さとは裏腹にとても綺麗なものだった。
「おじさん。これも!」
 見ていた誰かが火の点いた花火を美智に投げてよこす。
「うぉっと」
 両手両足の塞がっている美智。反射的にそれを口でキャッチする。しかしその唐突な動きで、手に持っていた花火の位置が僅かに傾き、その火花が足へと降りかかる。
「ほわっひ! はふいはふい」
 熱い熱い、と。それでも口に咥えた花火を落とさずにじたばたと動き回る。アクシデント発生で先ほどとはうって変わった動きに、場が沸いて喜ぶ。
「はっは。みんな。これがおじさんの、漢のファイヤーダンスらしいぜえ。滅多に拝めるもんじゃないぞ」
 また違う誰かが楽しそうに叫ぶ。その間、美智は手から降り注ぐ火花を逃れる為に必死で足をじたばたさせている。その動きがさらに手と口からの火花を激しくするという悪循環だ。
「ふぅー。火傷するとこだったぜぃ」
 火の消えた花火を水バケツの中に放り込み、美智は次の花火を手にする。
 そしてニヤリと笑ってみせる。
「さぁて。さっき花火を投げたのはどこのだれだあ?」
 嬉しそうに美智は言って、使い終わった筒型の花火のケースの中に、たった今手に取ったロケット花火を突っ込んで集団に向ける。
「ちょっ! タン――」
「おおっと悪りぃ。手が滑っちまったい」
 最後まで聞く前に、美智は線香で導火線に火を点ける。
「だいじょぶだいじょぶ。ちょいと煩いだけだって」
 発射されたロケット花火は、集団の少し手前で地面に刺さり、パン。という破裂音を響かせる。
「ありゃ。角度悪かったかな」
 豪快に笑いながらの美智の呟きに、みんな次々と花火を手にとって身近な人に打ち始める。
「へへっ。剣士さん。飛び道具相手なんてのはどうだい?」
 こういう時、ムービースターという存在はまず最初に狙われるものだ。数人の放ったロケット花火が刀冴に向かって飛んでいく。
「ん? そうだなぁ」
 刀冴は持っていた剣の柄に手を掛け、素早く抜く。暗闇の中でもキラリと光る深紅の刀身は、160cmという長さを持つ長剣【明緋星(あけひぼし)】。
 そして刀冴がその剣を構えたかと思うと、次の瞬間。放たれた三つの花火が六つになってぽとりと落ちた。
「……へ?」
 思わず、人々は唖然。
 飛んできた三つのロケット花火を、刀冴は支えである木の棒ごと真っ二つに切って見せたのだ。
「す、すげぇぇぇ!」
 刀冴に打ち込んだ三人と、それを見ていた美智が喜ぶように叫んで刀冴に近寄る。普通に感動された刀冴は、少しだけ照れたようにして笑う。
「すげぇなおい」
 美智の言葉に、刀冴は、ははっと笑ってから清本を見る。
「あの侍も、多分なかなかの手練だぜ」
「あぁ、だな。見るからに……」
 二人は顔を見合わせてにぃと笑うと、花火を手に取る。それを美智の持っていた空き筒に入れ、清本へと向ける。
「おーい。おさむれぇさーん」
 ん? と振り向いた清本に、花火は発射された。
 ――ピュゥゥゥ。
 軽快で、どこか滑稽な音を鳴らし、ロケット花火は清本へと一直線に飛ぶ。
 カッと見開かれる清本の目。
 ――パァン。
 清本の眼前で、それは小気味の良い破裂音と共に爆ぜた。
「カ……ハッ」
 瞬間。詰まった吐息を吐くように、清本。
 見開かれた目に震える手で恐る恐る胸に手を当て、その手を見やる。
「……え。おい、嘘だろ」
 まるで短筒にでも撃たれたかのような清本の様子に、思わず美智が呟き、手に持った空き筒を覗き込む。
 ドサリ。清本は膝をつき、上目で二人を見る。声にならない呻きが清本の喉から漏れる。
「……? 冗談、だよなァ?」
 続く刀冴も笑みが半分消えた顔で言う。
 そして、プツリと。文字通り糸が切れた様に、清本は倒れこむ。
 すぐに駆け寄る二人。清本はピクリとも動かない。
 刀冴は清本を仰向けに寝かせ、首に指を当てて脈を取る。
「……」
「お、おい。どうなんでぇ?」
 沈黙に耐えかねて美智。刀冴はゆっくりと美智の顔を見て目を閉じると、小さく首を振る。
「う……嘘だろおい? だって……おい」
 震えた声で美智。嘘だろ。と何度も繰りかえし、ついには叫ぶ。
「うおぉぉぉ。済まねぇ! 俺っちが悪ノリしたばっかりに!!」
「さ、最後に『ちょこばなな』が食べたかった……」
「お、おう! 任せしとけ。さいっこうのチョコバナナを作ってやるぜ!」
 勢いよく立ち上がって後ろの屋台へと一歩踏み出した美智。ふと違和感に気がついて振り返る。
 そこには笑いを堪えている清本と刀冴の顔があった。
「あ……あんたらぁ」
 わなわなと拳を震わせて美智。そこまで言ってから大きく笑い出す。
 同時に、耐え切れなくなった清本と刀冴も声に出して笑う。
「あっはっは。こりゃ傑作だ」
「俺も途中まで騙されてたよ。けど、よく考えてみりゃァ、花火なんだよな」
「うむ、少し……冗談が過ぎたか」
 二人の反応に満足そうに清本が頷いた。

 始まってみれば無くなるのは早いもので、三十分も持たずに花火は底をついた。
「お。無くなた、か?」
 次の花火へと手を伸ばした刀冴が、気がついて言う。
「ありゃ残念」
 誰かが言ったその言葉に、清本が重ねる。
「……む。これは花火ではないのか?」
 見ると清本が持っていたのは、細長くて丸まっている紙の束。
「ぉ。いいねいいね。やっぱり締めはそれでなくちゃ」
 嬉しそうに美智。そう、それは線香花火の束だった。
「よーし。それじゃ最後に、誰が一番最後まで持つか勝負しようぜ」
 誰かのその言葉に、みんなが乗って線香花火を持つ。
 そして一斉に火を点ける。
 闇の中にいくつもの火が灯る。
 ――パチ……パチパチ。
 ゆっくりと火は大きくなり、やがてスパークを放つ。
 つい先ほどまで馬鹿騒ぎしていたはずの全員が、一言も喋らずに自分の線香花火を見ている。
 みんな分かっていたのだ。この線香花火の終わりが、この小さな花火大会の終わりだということに。
 パチパチと火の跳ねる様子を、美智はぼんやりと見つめていた。
 楽しかったなぁ。
 脳裏を霞むのは馬鹿みたいに騒いだ時間。
 ああ、そうだ。
 不意に思い出す美智。楽しみにしていた恋愛ドラマの再放送のことを。
 まぁ、いいや。
 あんなに楽しみにしていたドラマだったが、今はただ、この線香花火の火が消えなければいい。そんなことを、美智は想っていた。
 線香花火のスパークは次第に激しさを増し、その火種も大きく、不安定になる。
 刀冴は花火を持つてを微動だにせず、考えていた。
 誰かが置いていった花火を、他の誰かが勝手に使い、そこに人が集う。
 それは偶然。
 ふらりとここに立ち寄らなければ、空にあがる花火を目にしなければ。
 たった一つ、何かのピースが欠けるだけで起こり得なかった偶然。
 こんな偶然も、悪くねぇ。
 真っ赤に腫れた火種を眺めて刀冴は口元だけで小さく微笑んだ。
 線香花火は、やがてその火種も小さくしていき、スパークも弱々しく変化していく。
 清本は、じっとその様子を眺めていた。
 名も知らぬ者同士が、こうして十数人も肩を並べて花火を楽しんでいる。
 名前など知らずとも、何かを共有するだけでこんなにも近しくなれるのだと。共に笑う事が出来るのだと。
 そんな些細な事が、なんと幸せなものだろう。と。
 徐々に小さくなり、やがて消えた火に。
 清本はそっと目を閉じ、辺りに漂う余韻を楽しんだ。
 誰一人、火種を最後まで落とさずに線香花火を終わらせた。
 誰一人、火の消えた線香花火から手を離す者は居なかった。
 熱残る、どこか違和感のある物寂しさの中。誰もが終わりたくないと思っていたのだろう。
「なぁに、花火なんて何時でもできんだからよぅ」
 うーん。と伸びをしながら美智が立ち上がり、明るく振舞いながら言う。
「俺っちはこの街なら何処だって屋台引っ張ってるから、しょうもねぇ日は飯でも食いに来いよ。そん時はおごるからよ! なっはっは!」
 その美智の言葉が、この場に漂う物寂しい空気を払拭するものだということは、美智自身だけではなく、きっとみんなが気がついていた。
 美智は少し痩せた月を見上げ、手を合わせる。
 今は出ていないが、皆で楽しく過ごせたこと、今日と言う日に巡りあえたことを、お天道様に感謝しつつ、心にしっかりと刻んでおく為だ。
「……そうだな」
 清本が立ち上がり、口を開く。
「また来年もこうして花火をすればいい」
「だなぁ。来年もきっと、俺たちはこうしてるな」
 ははは。と笑って刀冴が頷く。
「あぁ。そうだな」
 そうだ、そうだと。みんなが笑って立ち上がる。
「それじゃあ、また来年も」
 それはささやかな願い。叶う保障なんてどこにもない、ささやかな願い。
 それでも、どうか神様に届きますようにと手を振りながら、みんな笑顔で。
 小さな花火大会は幕を閉じた。

クリエイターコメントこんにちは。依戒です。
夏の思い出、プライベートノベルのお届けにあがりました。

さて、まず最初に。
このたびは素敵なプライベートノベルのオファー、ありがとうございました。
書いている間中、わいわいと高揚した気分で楽しめました。

さて、長くなるお話は後ほどブログのほうに綴るとして、ここでは少々。

今回の作品、見知らぬ誰かとの。ということを頭に置いて、自己紹介もさせませんでしたし、全体を通して少し意識して書いてみました。
うまく表せているかなー……と、それが心配で。

あ、あと大事な事が一つ。
作中の花火の使い方は、ちょっと危険な部分もありますので、決して真似をしないでくださいね?


それではこの辺で。

オファーPL様が。ゲストPL様が。そして作品を読んでくださった方が、ほんの少しでも幸せな時間を感じてくださったのなら、私はとても幸せに思います。

公開日時2008-09-27(土) 22:00
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